
伊豆長岡温泉は「長岡」「古奈」地区に分かれており、特に古奈地区の歴史は古く、鎌倉時代の文献「吾妻鏡」にも記述が残されています。
長岡地区は明治40年に採掘された温泉地で、初めて旅館ができたのは、明治43年のことです。
当時は古奈と長岡に芸者置屋があり、その2つを束ね現在の伊豆長岡見番が誕生しました。
初代の組合長、林秀蔵から現在の組合長、笠谷さざ子で7代目となり、歴史を重ねています。
大正から戦後にかけ、伊豆長岡の芸者置屋は数を増やし、その置屋に所属する芸者衆は400人を超えたと言われます。
伊豆長岡見番では、芸者に欠かすことの出来ない芸事に磨きをかける場として公認伊豆長岡芸妓学校を設立しました。
この芸妓学校は京都と伊豆長岡にしかない希少なものでした。
残念ながら、昭和62年、濱村学校長退任を機に廃校となりました。
しかし、現在でも日本舞踊をはじめとして、民謡、三味線、鳴物はお師匠様に出向いて頂き、稽古に勤しんでおります。
伊豆長岡見番の正式名称は「伊豆長岡芸能事業協同組合」で、昭和52年に協同組合として発足しました。